Truy Tìm Long Diên Hương──バイクリヤカーが走ると、共同体が輝き出す

映画

初監督作品の鮮烈さと、経済人類学で読み解くベトナム映画の新地平

観客の“集中”が生んだ奇跡の空気

『Truy Tìm Long Diên Hương』を観てまず驚いたのは、
映画館の空気そのものが熱を帯びていたことだ。
上映中、場内は笑いに満ち、しかし誰もスマホを見ず、席を立つ人もいない。
まるで、映画に観客全員が吸い込まれているような一体感。

ベトナムの映画館でここまで“集中が保たれる瞬間は、実はそう多くない。
この映画には、それだけ観客をつかんで離さない生命力があるのだ。

初監督作・Dương Minh Chiến の“新鮮な初速”

本作を語るうえで欠かせないのが、
この映画が Dương Minh Chiến の初長編監督作だという事だ。

スタント出身の制作チームを中心に、自らも現場経験を重ねてきた彼は、
映画学校的な正攻法とは異なる“フィールドの身体感覚”を持ち込んでいる。

その結果、初監督作品とは思えない大胆さと、
逆に初監督だからこそできる “遠慮のない挑戦” が詰まっている。
バイクリヤカーをアクションの中心に据えた判断、
生活風景をそのままダイナミックに撮影する構成、
俳優の身体性を最大限に使う演出──
どれもフレッシュで、ベトナム映画の新しい地平を感じさせる。

物語の核──村の宝「Long Diên Hương」が盗まれる

ストーリーは、中部の漁村に伝わる鯨の姿をした“聖なる宝”Long Diên Hương が盗まれ、
兄弟と仲間たちが都会に追跡に出るというもの。
しかし、この宝は単なる財産ではない。
経済人類学でいう 「象徴資本」──村の誇り、信仰、共同体の導きそのものだ。
宝の喪失は、共同体の亀裂であり、追いかける旅は、共同体の再生そのものでもある。

Nguyên Thảo が魅せる“バイクリヤカー・アクション”

この映画の白眉は、女優 Nguyên Thảo が操る バイクリヤカー(xe ba gác) のアクションだ。

ベトナムの生活感そのままのリヤカーをつけたホンダのバイクが、アクション映画の主役級に変貌する。

  • カーブで横転しそうになる瞬間
  • 荷台に仲間を乗せての疾走
  • 追手を振り切るドタバタの切り返し
  • 都市の裏道を駆け抜ける“生活圏のスピード感”

これらが見事に映画的爽快感へと昇華している。
ここには、ハリウッドの高額スタントには出せない
“生活の匂いと身体性” が凝縮されているのだ。

バイクリヤカーは「労働」と「家族の生活」を運ぶ道具であり、
それが物語の中で“共同体を救う戦闘機”になる。
この転換が、観客の心を強く震わせる。

アクションと笑いは“共同体の浄化作用”

追跡劇で繰り広げられるバイクアクション、
兄弟の不器用なやり取り、
ギャングとのドタバタした対立──
これらは単なる娯楽ではない。

経済人類学でいえば、
笑いと行動は共同体の秩序を回復する “浄化の儀式” に近い。
宝を奪い返す旅は、
仲間を許し、共同体の裂け目を縫い合わせていく儀礼でもあるのだ。

だから、観客は笑いながらも涙が出る。
それは「物語の感動」ではなく、
“共同体の再生を自分の人生に重ねてしまう感情” だからだ。

興行収入が100億ドンを超えた背景

本作は公開7日で 100億ドン突破
半月で 130億ドン超え のスマッシュヒット。
口コミが広がり、多くの観客が劇場へ向かった。

なぜか?
都市化の中で、人々が
「帰る場所」「仲間の感情」「社会の温度」
を求めているからではないか。

この映画が与えるのは、
大作のスケールではなく、
“人と人の関係の安心感” である。

まとめ──バイクが走るたび、共同体の記憶が蘇る

『Truy Tìm Long Diên Hương』は笑えるし、楽しく、
吸い込まれるように見入ってしまうアクションが素晴らしい。
しかし本質は、
“共同体とは何か” を描いた物語だ。

Nguyên Thảo のバイクリヤカーが走るたび、
私たちの中にある「帰属の記憶」が揺さぶられ、
忘れかけた人間の温度を思い出させる。

笑って、熱狂して、最後は涙が落ちる。
それはこの映画が、
ベトナムの“今の社会”に必要な物語だからだ。

Truy Tìm Long Diên Hương 映画情報

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