なぜベトナムの正月は、街から人と店が消えるのか
――かつての日本と、いまのベトナム
ベトナムの正月(Tết)が近づくと、街から人と店が消える。
都市部で働く人々は一斉に帰省し、物流は止まり、経済は静かになる。
日本人の目には「長い」「動かない」「非効率」に映るかもしれない。
だがこの光景は、決してベトナムだけのものではない。
かつての日本の正月も、実はよく似た姿をしていた。
正月は「休み」ではなく、「関係を更新する」期間だった
正月というと、休暇やリフレッシュの時間だと考えがちだ。
しかし本来の正月は、単に体を休めるための期間ではない。
一年の区切りに、
誰と関係を続けるのか、
どの縁を大切にするのかを、はっきりさせる時間だった。
年始の挨拶、訪問、贈り物。
それらはすべて、「今年もこの関係を続けます」という意思表示でもある。
正月は、関係をゼロから作る場ではなく、既にある関係をいったんリセットし、更新する期間だった。
昔の日本の正月は、今のTếtに近い
今の日本の正月は静かだが、地方の農村部や、少なくとも1970年代頃までの日本では、正月はもっと動的だった。
親戚や近所を回る年始回り。
顔を合わせ、杯を交わし、関係を確かめ合う。
正月は「何もしない時間」ではなく、「関係を総点検する時間」だった。
この点で、昔の日本の正月と、今のベトナムのTếtは本質的に同じである。
年賀状は、関係更新を代替する装置だ
やがて日本は都市化し、人々は地縁や血縁から物理的に離れていく。
すべての関係を対面で更新することは、現実的ではなくなった。
そこで広がったのが年賀状だった。
直接会えなくても、「今年もよろしく」という意思を一斉に届ける。
年賀状は、日本社会が正月の「関係更新」という役割を、低コストで維持するための仕組みだった。
人は動かなくなったが、関係は動かし続けたのである。
日本のお年玉と、ベトナムのお年玉の違い
お年玉にも違いがある。
日本のお年玉は、主に子どもに渡される。
家族内の世代間移転という性格が強く、金額もある程度の慣習に収まっている。
社会全体の関係を動かすというより、家族単位の象徴的な儀礼だ。
一方、ベトナムの「Lì xì(お年玉)」は、より広い関係性の中で配られる。
子どもだけでなく、年長者や仕事関係を含め、立場や縁に応じて贈られることもある。
ここで重要なのは金額ではなく、「あなたとの関係を大切にしています」という確認行為である。
Tếtのお年玉は、家族や親族ネットワークを再接続する役割を持っている。
つまり、日本では年賀状が担ってきた関係更新の役割を、ベトナムでは帰省やLì xìが今も直接担っていると言える。
そして日本では、年賀状も役割を終えつつある
近年、日本では年賀状の発行枚数が大きく減っている。
SNSやメッセージアプリが普及し、関係は常時接続されるようになった。
年に一度、まとめて更新する必要が薄れつつあるのだ。
日本は
対面 → 年賀状 → 常時接続
という形で、正月の機能を変化させてきた。
ベトナムは今も、人の移動と対面によって関係を更新している。
どちらが進んでいて、どちらが遅れているわけでもない。
ただ、社会の構造が違うだけだ。
ベトナムのTếtは、私たち日本人が忘れかけている「正月とは、関係を一度立ち止まって更新する時間だった」という感覚を、今も生きた形で残している。
