似ているという誤解から始まるズレ
日本・中国・ベトナムは、アジアの国であり、しばしば「近い文化圏」と一括りにされる。しかし実際に社会の動き方や意思決定の速度を見ていると、その理解はかなり危うい。
この違いは、将棋・中国将棋(象棋)・チェスという三つのゲームを並べると、驚くほど鮮明になる。
日本社会は「将棋的」な循環構造を持つ
将棋の盤は一枚で、中央に明確な境界線はない。最大の特徴は、取った駒を「持ち駒」として再利用できる点だ。
これは日本社会そのものでもある。失敗した人材が配置転換で復活し、かつてのライバルが次の局面では協力者になる。日本は、同じ盤の上で人と関係性を循環させながら、時間をかけて均衡を作る社会だ。
中国社会は「象棋的」な中心固定型システム
一方、中国社会は象棋に極めて近い。盤の中央には「楚河漢界」という川があり、世界は明確に分断されている。
将(帥)は九宮から出られず、中心は常に中心として守られる。管轄、序列、権限が重視され、越境は可能だが、その瞬間にルールが変わる。取られた駒は復活しない。これは「同じ盤での再利用」より「別の盤での再起」を許容する社会構造でもある。
ベトナムが好むのは将棋ではなく、チェスと象棋
ここで興味深いのがベトナムだ。
ベトナムでは将棋に近いゲームはほとんど見られず、中国将棋(象棋)やチェスが圧倒的に好まれている。公園、路上、カフェ、オンライン――世代を問わず、当たり前の光景として存在している。
チェスにもない再循環
チェスと象棋のルールは近い。
両者は、駒の役割が固定され、取られたら終わりという「不可逆性」を持つ。序盤から力がぶつかり合い、展開が速く、勝負は比較的短期で決まる。
将棋のような「関係性の再循環」は前提にない。
ベトナム社会に合う「速いゲーム」
チェスや象棋は、駒の役割が固定され、取られたら終わりだ。勝負は短期で決まり、切り替えが早い。
これはベトナム社会のテンポ感とよく重なる。先に動き、後から整える。ダメなら次へ行く。同じ盤に固執せず、別の盤で勝負をやり直す柔軟さがある。
三つの社会OSを並べると見えるもの
整理すると、
日本=将棋(循環・調整・長期)
中国=象棋(中心・管轄・秩序)
ベトナム=象棋+チェス(スピード・切替・実利)
という構図が浮かび上がる。
交渉が噛み合わない本当の理由
問題は、日本はこの三者を「同じ将棋盤」だと思って交渉してしまうことだ。
根回しと合意形成を待つ間に、相手はすでに次の盤へ移っている。価値観以前に、盤とルールが違う。
盤を理解せずに、同じ手を打ってはいけない
重要なのは、相手の思想を理解することよりも、どの盤で、どのルールで戦っている社会なのかを知ることだ。
将棋と象棋とチェスは、似ているようで、まったく違う。
そして日本・中国・ベトナムの社会OSも、同じくらい違う。
――同じ手を打っているつもりでも、盤が違えば、結果は噛み合わない。
