小説 オペレーター・ジャパン 間章:政府がなくなった夜

サイバーパンク

間章:政府がなくなった夜

最初に確認しておくべきことがある。

この国家で起きたのは、運営者の排除ではない。

党が、消えたのだ。

それも比喩ではない。

党という組織に属していた人間が、

ある夜を境に、一人残らずいなくなった。

革命ではない。

クーデターでもない。

政変ですらない。

私はその話を、首都でも官庁でもなく、

郊外の古い焼き鳥屋でいいちこを飲みながら聞いた。

話してくれたのは、かつて党幹部の送迎をしていた運転手だ。

「気配がしなかったんです」

彼は、煙の向こうでそう言った。

「銃声も、爆発も、悲鳴もあったが。。。」

彼のスマートフォンには、いくつかの写真が残っていた。

そこには死体が写っていた。

豪奢な会議室で。

使いかけの茶器。

開いたままのノート。

つけっぱなしの照明。

そして床に横たわる死体。

「そろそろ帰宅する時間でした。」

彼は言った。

党員たちは、自宅、ホテル、車中、地方視察先、ありとあらゆる場所で、同時多発的に殺された。

銃弾や刺殺の痕跡はあるが、

暴力の匂いがない。

恨みの痕もない。

それはまるで、

映画『ジョン・ウィック』に出てくる

“完璧すぎる殺し”だった。

派手な銃撃戦はない。

「芸術でしたよ」

運転手は、そう言った。

「殺しというより、不要なものを削除した感じでした」

私はその表現に、背中が冷えた。

彼らは、悪人として殺されたのではない。

敵としてでもない。

“役割を終えた存在”として消された。

誰がやったのか?

なぜ、全員だったのか?

党は、この国家で政治も、経済も、治安も、

すべてを独占していた。

だから逆に、党がいなくなった瞬間、

国家は何も決められなくなった。

軍は命令を待ち、官僚は署名を止め、

企業は様子を見て、地方は沈黙した。

誰も悪くない。

だが、誰も動けない。

そのとき、国家に残っていたのは、党ではない人間たちだった。

日本で研修を受けた工場長。

技能実習で日本の現場を知った技術者。

日本企業で働いた経験がある製造メーカー社長。

QC、カイゼン、5S、報連相を「当たり前」だと思っている人たち。

彼らが運営を日本人に任せようと声をあげたのだ。

彼らは政治家ではない。

思想家でもない。

だが、日本が“どう回っていたか”を知っている人間だった。

「党がいなくなって、初めてわかったんです」

別の男が言った。

「この国は、“支配”で動いていたんじゃない。“慣性”で動いていた」

慣性が切れたとき、必要になるのは理念ではない。

手順だ。

だから彼らは、軍でも、宗教でも、

新しい党でもなく、日本に連絡した。

理由は単純だった。

日本は、思想を輸出しない。

革命を起こさない。

だが、壊れた組織でさえも回す手順を知っている。

日本は運営の国。

彼らは、日本に支配してほしかったわけではない。

ただ、「連邦Aを稼働させたかった」

党が、あまりにも完璧に消された結果、“空白”だけが残った。

その空白を、日本式の運営で埋めようとする。

それが、この物語の始まりであり、

同時に、いちばん危険な選択でもある。

なぜなら――

支配が消えた場所には、必ず次の支配が生まれる。

そして、運営は、気づかないうちに支配に最も近づく。

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