オペレーター・ジャパン 第1章
3話 溜まり場の住民票
オペレーター・ジャパンが向かったのは、首都ではなかった。
かつて首都だった街から、500kmも離れた場所。
地図の端に近い、田舎の市役所だった。
空港は小さい。
高速道路も途切れる。
産業もない。
それなのに、人口密度だけが異様に高い。
それが、彼がここを選んだ理由だった。
市役所は、二階建ての古い建物だった。
外壁は色褪せ、駐車場も狭い。
昼休みになると、犬が日陰で寝ている。
だが中に入ると、人だけは多い。
窓口に並ぶ列。廊下の椅子。
壁際で順番を待つ人影。
「この街、そんなに仕事あります?」
オペレーター・ジャパンは、市役所の職員に
そう聞いた。
「ありません」職員は即答した。
「でも、人はいます」
この街は、逃げ場だった。
首都が混乱したとき、
地方が荒れたとき、
国境が揺れたとき。
人は、
何もない場所に集まる。
争いがない。
監視が薄い。
制度が緩い。
その結果、
住民票だけが
膨れ上がった。
オペレーター・ジャパンは、
まず数字を見た。
登録人口。
居住可能面積。
建物数。
明らかに合わない。
「この人数、物理的に住めません」
「ええ」
職員は言った。
「でも、登録はされています」
彼は、いきなり修正しなかった。
まず、問いを立てた。
「ここにいる人間は、住んでいるのか、滞在しているのか、逃げ込んでいるのか」
住民票は、その区別をしない。
だから、現実とズレる。
彼が最初に出した指示は、意外なものだった。
「削除は、禁止します」
職員が驚く。
「じゃあ、どうするんですか?」
「動かします」
工程は、単純だった。
住所単位で 登録人数を並べる 建物の物理上限と 突き合わせる 超過分を 「仮滞在」に移す
住民票を、消さない。
ただ、重さを変える。
仮滞在に移された住民票は、権利を失わない。
義務も増えない。
ただ、次の確認対象になる。
「不満が出ます」
職員が言った。
「出ます」
オペレーター・ジャパンは迷わず答えた。
「でも、暴動にはなりません」
理由は簡単だ。
ここは、何もない街だ。
奪われたと感じるものが、もともと少ない。
改善余地は、すぐに見えた。
この街では、住民票が避難証明として使われていた。
登録されていれば、「ここにいていい」という免罪符になる。
だから、誰も動かさない。
彼は、そこに手を入れた。
「滞在理由、一行でいいので書いてください」
思想はいらない。
職業もいらない。
理由だけ。
工程の最後は、速度だった。
一件あたりの処理時間を半分にする。
判断をしない。
分類だけする。
「ここでは、正しさを作らない」
彼はそう言った。
「正しさが集まる場所を、別に作る」
市役所を出ると、街は夕焼けの中、静かだった。
人は多い。
だが、動いていない。
この街は、国家の縮図だ。
人口が多すぎるのではない。
状態が混ざりすぎている。
オペレーター・ジャパンは、
最後に職員に言った。
「この街は、失敗じゃありません」
「じゃあ、何なんですか?」
「溜まり場です」
国家が壊れたとき、必ずできる場所。
だからこそ、最初に整理する。
彼は、次の現場へ向かった。
この国の運営は、中心からではない。
周縁。一番、歪みが濃い場所から始まるのだ。
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夕暮れが去り、夜になると街は明るくなった。
ネオン。LED。液晶看板。
星は見えない。代わりに、人の顔が光っている。
スマートフォンの反射で。
屋台のランプで。
スクーターのライトで。
オペレーター・ジャパンは、この街を歩きながら思った。
これは、ディストピアではない。
管理されすぎてもいない。
自由すぎてもいない。
ただ、壊れそうになりながら、毎日、ギリギリで更新され続けている。
思想より柔らかく。
資本よりしぶとく。
この街そのものが、一つの運営体だった。
