ホーチミンで見える韓国文化の存在感
ベトナムで若者たちと接していると、韓国文化の影響力の大きさを実感する。
K-POP、ドラマ、ファッション、メイク。ホーチミンの街を歩けば、その存在感は明らかだ。
しかし日本人として韓国ポップカルチャーを眺めていると、単なる「韓国ブーム」という言葉では
説明できない既視感を覚えることがある。
韓国ポップカルチャーを理解する上で避けられない日本の存在
韓国文化の成功を語る際、日本との関係は避けて通れない。
ただし重要なのは、韓国は日本文化をそのまま模倣したわけではないという点だ。
むしろ、日本文化の中から世界市場で通用する要素を選び出し、それを再編集した。
韓国が選んで吸収した日本文化
韓国が吸収したのは、アイドル育成システム、テレビ演出、都市型消費文化、少女漫画的な恋愛表現などである。
1980年代から2000年代にかけて、日本はアジア最大の大衆文化輸出国だった。
韓国はその時代の日本を徹底的に研究した。そして日本が国内市場向けに発展させた文化を、
最初から世界市場向けの商品として作り直したのである。
K-POPという再編集の成功例
その結果として誕生したのがK-POPだった。
韓国は日本のアイドル文化やエンターテインメント産業から多くを学びながら、それをグローバル市場向けに最適化した。
国内市場中心だった日本とは異なり、最初から海外展開を前提に設計したのである。
韓国があえて選ばなかった日本文化
一方で興味深いのは、韓国があまり吸収しなかった日本文化の存在である。
特撮、同人文化、秋葉原文化、巨大ロボット、ガレージキット。
日本では巨大な文化圏を形成したこれらの要素は、韓国では主流にならなかった。
オタク文化より大衆文化を選んだ韓国
韓国が目指したのはオタク文化の深化ではなく、大衆文化の洗練だったからだ。
つまり韓国は、日本文化を学びながらも、日本と同じ道は歩かなかった。
ベトナムから見える日本文化の影響
現在、ベトナムの若者たちは韓国文化を消費している。しかしその源流をたどると、
日本の平成期に形成された文化的要素が少なからず存在する。
韓国文化を通して、日本文化の影響が間接的に広がっているとも言えるだろう。
文化はコピーではなく編集される
文化はコピーされるのではない。
選ばれ、編集され、再構成される。
韓国文化の成功は、その編集能力の高さにこそある。
韓国は日本のもう一つの可能性だったのか?
「韓国の成功は日本のもう一つの可能性だったのか?」
私はベトナムで若者文化を観察しながら、時々こう考える。
韓国を理解するとは、日本がかつて持っていた可能性の一つを理解することなのかもしれない。
次回は「中国が日本から学んだもの、学ばなかったものは何か?」について考えます。

